第14話 高松の池の誕生

今回は人工の池である高松の池が、どうして生まれたのかをお話します。

いま高松の池がある上田地域は、かつては沼や沢の多い湿地帯だったそうです。
雨が降ると、山や丘から流れてくる沢水で、すぐに水浸しになりました。
当時は人が住めるような場所ではなく、ヨシなどの植物が生い茂る水鳥たちの楽園でした。

しかし、江戸時代に南部氏が盛岡に城を構えると、町づくりのために上田の湿地帯を開墾しようという計画が持ち上がります。
そのためには浸水を防ぐ治水対策が必要です。

そこで南部藩は溢れ出る沢水をせき止める堤を築きました。(今の水防ダムのようなものです)
この堤は上中下の3段で造られ、やがてこの堤の水は灌漑用水に利用され、上田一帯に水田が拡がっていきました。
上田の堤は盛岡の町の発展に大きく貢献したのです。
この3つの堤のうち、最も大きな中堤が現在高松の池として残っています、

盛岡の人びとの暮らしに無くてはならなかった高松の池ですが、残念なことに最近は水が汚れていると聞きました。
昔は泳げるほどきれいだった池の水も、近年は淀んで異臭がすることもあり、かつて採れたヌマエビなども姿を消し、今は驚くほど多くの鯉が繁殖しています。
しかし、その鯉も数年前にコイヘルペスが蔓延したことで、毎年大量に死んでいます。

なぜ池の水がこれほど汚れてしまったのか。
映画ではその原因について、長年池の畔で暮らしてきた長老がある証言をしています。
江戸時代、盛岡の町づくりに貢献した高松の池が、皮肉にも現代の町づくりが原因で汚れていくというお話です。

盛岡市民の憩いの場であり、四季折々に美しい光景を見せてくれる高松の池。
私は映画の撮影を通して、この池が盛岡の人々にいかに愛され親しまれているかを知りました。
先人たちが作り上げてきたこの素晴らしい池を、いつまでも守って欲しいなあと思います。

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